ネタ動画のキャラクター設定の妙技
葛西美空のネタ動画を見ていると、「あ、またこの人だ」と思うはずだ。それらを一人ずつ紐解いていくと、ネタ動画の楽しみ方の奥行きが広がっていくことに気が付く筈だ。
登場するキャラクターの特徴
葛西美空のネタ動画のシナリオには、お決まりのキャラクターが登場する。ミクちゃんやミクオ、お母さん、お父さん、葛西先生、親友のユキちゃんといった、日常の風景の中に普通にいる人々を葛西美空はその多彩な声色で年齢性別を問わずに(ボイスチェンジャーなどの特殊効果を使用せずに)演じ分けている。それにより、「主人公に自分以外の人物を設定することが容易」で、幅の広いストーリーや舞台設定を創作することが出来る。
葛西美空は「ネタ動画は、それぞれが異なる世界線(パラレルワード)であって、話が続いていることは無く、その時の思い付きで名前を設定している」と語っている。しかし、ネタ動画のシナリオは日常の風景を切り取っており、登場するキャラクターは同じ分類の人物が何度も登場する。その視点から考えれば特定のキャラクターとして考えても、決して間違いではない。
キャラクターは自由に動き回る
キャラクターといえば、テレビ番組に登場するキャラクター設定が挙げられる(例えば、ゴリエ、ミル姉さん、変なおじさん等)。それぞれ劇中で、その人物の個性や背景を明確にし、視聴者にその人物の性格や行動のパターンを理解し易くするために「キャラクター設定」が施される。テレビ番組のキャラクター像はほとんどの場合に固定され、あまり変化はしない。
一方で葛西美空の場合は、先に述べたように毎回ネタ動画の舞台は異なり、登場する人物もそれぞれに個性のあるキャラクターが設定され、葛西美空が語っている通り同じ人物ではない。このことにより、「このキャラクターは、こうでなくてはならない」といった制約が無くなり、ストーリー毎にキャラクターを自由に振る舞わせることができる。そこに葛西美空のコミカルで親しみのある演技が加わることによって、ネタ動画の登場人物のキャラクターはその魅力を何倍にも増幅させている。
キャラクターの登場比率
グラフ1:キャラクターの主人公として登場比率
(「ミクちゃん・葛西さん」には「娘ちゃん・彼女ちゃん」の女子全体、「ミクオ・葛西君」には「息子君、彼氏君」の男子全体を含む。*1「本人」は葛西美空本人がそのままモチーフとなっていると思われる内容の動画。
グラフ2(左):グラフ1の女子男子比の円グラフ。女子男子の比率は概ね2:1。
グラフ3(右):お母さん、お父さん、先生は脇役の定番。
キャラクターの詳細
葛西美空がネタ動画で演じる特徴的なキャラクターの中から、基本的な登場キャラクターと代表的な動画を以下に挙げていく。個性豊かなキャラクターが設定されストーリーの展開が自由自在であることが、葛西美空のネタ動画の特徴の一つである。
個性豊かなキャラクター
ミクオ(葛西君)
葛西美空が男子を演じる場合の定番のキャラクターで、ファンの間でも特に人気が高い。「ミクオ」は基本は小学校三年生の男児の設定だと葛西美空は語っているが、最初に登場したミクオは『チャラいヒモ男「1人暮らしの娘の家に行ったら娘のヒモがいた(2022/8/15投画)」』で、いきなり彼女のお父さんと対峙している。その後、「多分将来総理大臣になる幼稚園生(2022/8/21投稿)」以降は子供のミクオが定番になっていく。
「子供のミクオ」は基本的に無邪気なキャラクター設定で、葛西美空のカワボの真骨頂が発揮されている。ライブ配信の際に葛西美空の弟または息子として登場することがある。
「中学生~高校生のミクオ」は「純朴な少年」であることが多いが、「青年のミクオ」はほぼ「ヒモやホストのようなチャラ男」である。実の母親から源氏名を付けられたこともある。「【葛西美空】MBTI診断で己の性格を知る【男気MAX】(2023/7/19投稿)」
葛西美空のネタ動画の男子キャラクターは、普通に「葛西君」と呼ばれる場合も多く(単に下の名前で呼ばれないだけの場合もあるが)必ずしも「ミクオ」ではない。逆にキャラクター的に「ミクオ」と考えられる場合も多い。その他ストーリーの設定状況に合わせて「息子君」「彼氏君」とも呼ばれている。
ミクちゃん(葛西さん)
葛西美空自信を投影した女子のキャラクターで、当然ではあるが最も登場回数が多い。ネタ動画の主人公として「クセのある」設定となっているが、これはあくまでネタ上の創作されたキャラクターである。お父さんが主人公の場合は「娘ちゃん」、カップルネタの場合は「彼女ちゃん」、普通に「葛西さん」と呼ばれることも多い。
一方で、葛西美空自身の実体験や、葛西美空自身が実際に経験していそうなシチュエーションのネタ動画では、「葛西美空本人」の体験談のような調子でストーリーが展開される内容もある。
最初に「ミクちゃん」と呼ばれるキャラクターが登場したのは、2022/6/18の投稿動画で、ミクオより2か月早い。
歯医者さんを嫌がっていた女の子が豹変する瞬間は、葛西美空の真骨頂。
「幼稚園児、初の虫歯治療でイケメン歯科医師に出会う♡【初恋♡】(2022/6/18投稿)」
まれにミクちゃんがまともなツッコミ役になっている珍しい動画がある。
主人公がミクちゃんではないのは、葛西美空の “単なる思いつき” である可能性が高い。
「性格おっとり系だけどパワフルな女の子②(2023/04/20投稿)」
お母さん
ミクちゃん、ミクオに次いで登場回数の多いキャラクター。脇役での登場回数を加えると、ミクオ(葛西君)と同程度の登場回数である。初めてネタ動画にお母さんが登場したのは、TikTokの2021/6/21の投稿動画(削除済)で、「普通に娘を心配するお母さん」として登場している。
当初は、子供の心配をする普通の母親が多かったが、徐々にネタ動画の主人公として、ミクちゃん以上に「クセのある」キャラクターとして登場するようになり、様々な個性豊かなお母さんキャラクターが登場するようになった。
登場する母親のキャラクターの設定には、実際にいそうな「お母さま方のしゃべり方」や「友達の母親独特の斜め上からの発想」など、葛西美空の繊細な人間観察眼が強く反映されている。
ある意味、無敵な母親。どんな反抗期の子供もかなわない。
このネタ動画より以前に、息子に冷たくされること自体に興奮を覚える母親も登場していたが、このネタ動画に至って、もはやどんな息子の反抗も効かない無敵の母親と化している。
「思春期の息子でも全く歯が立たない強すぎる母親(2023/4/23投稿)」
映画の予告編のようなラストに衝撃の事実が・・・
コメディの教科書のようなオチに、葛西美空には作家がいるのではと思うのも無理はない。
「【ありえない】こどもの日なんでも願いを叶えてくれる親(2023/5/5投稿)」
お父さん
ネタ動画のキャラクターの中でも、お父さんは葛西美空にとって実は最もデリケートなキャラクターでもある。基本的には娘のことが大好きで、父として娘に関わろうとするが、反抗期の娘に冷たくあしらわれるパターンが多く、ある意味ごく平均的な思春期の父娘関係がネタ動画のテーマになっていることが多い。
葛西美空の実体験がベースになった動画も投稿されたことがある。「娘の彼氏に間違えられて大喜びな父親【一部実話】(2022/11/28投稿)」
最初にお父さんが登場したのは「思春期の娘に口を出す父親(2022/4/1投稿)」で、YouTubuのショート動画の記念すべき1回目の投稿動画である(この動画はTikTokでは、2021/12/27に投稿されている )
登場するお父さんは、娘が好き過ぎるあまり行動が暴走することも多いが、多くは家族思い、娘思いの良いお父さんである。それ以外にも様々なキャラクターのお父さんが登場する。
YouTubeでのショート動画投稿の記念すべき1本目で、年頃の娘を本気で心配するお父さんが登場。
父親役であるが、メイクや髪型などをあえて男性風にはせず、普通の女性の格好のままで、声色や演技だけで “葛西美空の演じる父親” を特徴のある一人のキャラクターとして登場させている。葛西美空の動画の特徴として特筆すべき点である。単にメイクがめんどくさいだけか、あえてそうしているのか、はたまた自信の表れか、この点はいつか本人に語ってほしい。
「思春期の娘に口を出す父親(2022/4/1投稿)」
家族のために全力で頑張るお父さん。
立て続けに不運に見舞われるお父さん。電話をしながら他の事をすると起きがちなトラブルだが、ここまで電話の向こう側とこちら側で状況が合致するのは奇跡的。葛西美空は普段からこんな勘違いを起こしているのかもしれない。尚、登場人物の数でいうと1人6役を演じ、それとは別に飼い猫のもろちゃんが登場している。撮影中にもろちゃんをどのように待機させていたのか、撮影風景が少し気になる。
「家の事も仕事も色々頑張りすぎた父の末路(2023/10/15投稿)」
反抗期も終盤の娘ちゃん。本当の気持ちは・・・?!
反抗期の娘に手を焼くお父さんのネタ動画が多い中で、突然このストーリーをぶち込む葛西美空の本心は気になるところだ。
「反抗的な娘を「好きッ」てなる瞬間(2024/1/17投稿)」
葛西先生
最初に先生のキャラクターが登場したのは「カリキュラムにtiktokが組まれている学校(TikTok・2022/1/18投稿)」で、この動画ではTikTok動画投稿の How To を教える先生となっている。
「葛西先生」といえば特に印象深いのが「たぶん捕まる、小学校の女教師(2022/8/28投稿)」であろう。”子供が好き過ぎる35際の独身女性教諭” という設定のキャラクターで、普通の「子供が好き」に「過ぎる」の要素を加えることで強烈なギャップを設定し、様々な騒動を引き起こすネタ動画の主人公として、設定を変化させつつ何度も登場している。
また、変った視点で生徒のことが好き過ぎる体育教師として「ちょっとキモいけど憎めない体育教師」シリーズで登場している。当初は名無しの先生であったが「渋ハロでコスプレする生徒VSちょっとキモいけど憎めない体育教師(2023/10/29投稿)」で「肝過(きもすぎ)先生」と名前が呼ばれている。生活指導の先生として「熱過(あつすぎ)先生」も登場している。
それ以外にも、生徒のことを心配する普通の先生から、生徒以上に学校が大好きな先生など、女性教諭、男性教諭を問わず、多数の先生キャラクターが登場している。
生徒に人気のイケメンボイスの男性教諭だが・・・
葛西美空の「ハムボな○○」シリーズの代表作。YouTubuのショート動画の2本目の投稿動画(TikTokも同じ日の投稿で、TikTokからの転載ではない)
「先生に告白したら、ハムボになった【先生が】(2022/4/2投稿)」
「葛西先生」といえば、子供が大好きな35歳の独身女性教諭。
葛西美空の人間観察眼の鋭さを考えると、葛西美空が演じる女性教諭の独特の話し方のモデルが実在する可能性は否定できない。
「多分捕まる女教師の末路(2022/12/30投稿)」
ミクオのあの髪型「デコ出しマッシュカット」は熱過(あつすぎ)先生のヘアカット作品だ。
「学生が本気で教師を嫌いになる瞬間(YouTube・2023/2/25投稿・削除済)」
自慢の「マッシュ」カットで登校した葛西ミクオ。友達に褒められるもすぐに生活指導の熱過先生に見つかり、前髪を大胆に切られてしまい、ミクオは泣きながら「熱過、絶対に許さねぇ」と誓うのであった・・・というストーリーのネタ動画。
思えば、ミクオは小学生の頃、熱過先生を「ゴミ扱い」していた過去がある。(ストーリーが繋がっているわけではないが、因縁は感じざるを得ない)
ウィッグを浅く被ったコミカルなヘアスタイルを葛西美空はしばしば披露しているが、そこを逃さずに1ネタ作り出すことが葛西美空の才能だろう。しかし、この昭和の教師的ストーリーがまずかったのか、2024年10月10日頃に動画は削除されている。
ミクオの「デコ出しマッシュカット」も、葛西美空の有名なアイコン(象徴)の一つになっている。
珍しい女子の高橋さんが登場している作品。「高橋」さんについては、この後の記事を参照。
「少しお節介だし髪型悪いけど多分将来いい男になる奴(2024/2/6投稿)」
校長先生
学校物のネタ動画のオチ担当として、しばしば登場している。学校での最高権威者であるから、オチ要員として登場させやすく、葛西美空のかわいらしい声色で演じられることで、コミカルな人物としてネタ動画のアクセントとして印象深い。
校長先生も人の子ですから・・・
コンビニで叡智な本を買う時代が終わってからずいぶん経つが、そんな時代を葛西美空は知っているということになる。
「深夜のコンビニで起こった悲劇(2023/6/24投稿)」
葛西先生に一番理解があるのが校長先生。
一番偉い人が実は ”こっち側” というのは定番のオチだが、最後に校長先生がすでに教室に居たという衝撃の事実が明かされる。葛西美空の声色が存分に発揮された快作。
「恐らく学校に新しい風を吹かせてくれる先生 #良いかは別(2024/3/23投稿)」
ユキちゃん
ミクちゃんの親友として最も多く登場する。「ユキちゃん」以外の友人も多数登場するが、理由は不明だが圧倒的に「ユキちゃん」が多く登場する。
冒頭にも述べたように、「ネタ動画は毎回違う世界線(パラレルワールド)で思い付きの名前で同じ人物ではない」と葛西美空が語っているとおり、この「ユキちゃん」も原則論では毎回違う人物ということになる。ネタ動画ではツッコミ役であることが多く、ユキちゃんは数少ない常識のあるキャラクターでもある。それ以外に「ミサキちゃん」も多く登場する。
女友達役ではそのほかにユミちゃん、ユイちゃん、ユウカちゃん、が登場し、男友達役でもユウト君、ユウマ君などが登場するなど「ユ」で始まる名前が多く登場している。
タケル君・高橋君
男友達役として登場するキャラクターは「タケルくん」「高橋君」であることが多い。登場する友人役の名前は「ユ」か「タ」で始まるのは ”単に言い易い” ことが理由として一番可能性が高いが、葛西美空の周囲の人物が影響している可能性もある。いずれにせよ、葛西美空本人が語っている通り「役名は適当な思いつき」が多いことだけは確かである。
ちなみに「ユキちゃん」の苗字が「高橋」だったこともある「【うらやましくなんかない】授業中にイチャコラする小学生(2024/2/7投稿)」など、高橋姓に関しては、女性の高橋さんや、高橋先生など幅広く使用される傾向にある。
「高橋」姓は初期の作品から登場していた。
なぜ “葛西家” ではなく “高橋家” を舞台にしたのかと葛西美空に聞けば、恐らく「言いやすかっただけ。何も考えていなかった(笑)」と回答されるであろう。珍しい初期の動画。
「【背筋ゾクッ】学生がドキッとする瞬間【足元ヒュンッ】(2022/7/24投稿)」
この記事の後書き
キャラクター分析で気付いたこと
葛西美空のネタ動画に登場するキャラクターを分類している中で、どうしても分類が難しい、または一言で説明できないキャラクターがしばしば登場する。それだけ何かに縛られることなく、自由自在にキャラクターを設定していることの証拠なのだろう。
日常生活が主舞台の「コメディ」であるので、勇猛な戦士や、魅力的な悪役がいることもなく、奇抜を極めたキャラクターも登場しない。あくまで、普通の人の普通の生活の範囲で「居そうで居ない」絶妙なラインでキャラクターが設定されている。
それぞれのネタ動画に登場するキャラクターには、その人物の性格や背景が丁寧に設定されており、1回見ただけでは本当の意図が解らないシナリオも多数ある。何故、そのキャラクターがその設定なのかを考察すると、葛西美空の巧妙な仕掛けに気づかされる動画が数多い。最後に、普通に見たら気づかない絶妙な設定をされたネタ動画を例示しておく。
(動画の解説は、三角マークをクリック(タップ)して展開してください)
ミクオとユキちゃんの関係を考えてみると、隠された設定が存在する。
ネタ動画を1度見ただけでは、小学生のミクオは単に常識のない子供に見えてしまうが、ミクオのユキちゃんへの発言から感じられる近い距離感と、ユキちゃんは苛立ちながらも最後は諭す発言になっている点に注目することが出来る。
このことから『ミクオとユキちゃんは幼馴染みで、ミクオもユキちゃんもお互いが大好きなのだが、純粋なミクオ(男の子は少し成長が遅い)の言動に、ユキちゃんは苛立ってしまう』といった設定が実は隠されており、ストーリーのベースには少し甘酸っぱいメッセージが隠されている動画になっていたのである。このことに気づいた時、見ている側の心は大きく動かされるのである。
映画「マイ・ガール」の一節を切り取ったような、葛西美空の想いが垣間見える動画となっている。
「優しいんだけど、いつも女の子を敵に回しちゃう小学生男児(2024/4/2投稿)」
流行りの「猫ミーム」の動画というだけではない。
タイトルにある「わかる人にはわかる」の意味は、「猫ミーム」を見たことのある人に向けてのものであるのだが、シナリオは終始一貫して、どの家族にもある普通の親子のやり取りが展開され、幸せな家族の日常を表現している。
特に、約束を守らずに怒られるミクオの秀逸な表情から、自分の子供時代を思い出して感傷に浸る人もいるだろう。雪で学校が休校になっても塾には行かねばならない “子供にとっての不条理” も、概ねどの家庭でも起きる “あるある” だ。ネタ動画を見ながら最初から最後まで多くの人が無意識の内に共感しクスっとさせられている。ここに、もう一つの隠された「わかる人にはわかる」が仕組まれていることに気付かされる。
「【わかる人にはわかる】猫ミームすぎる親子喧嘩(2024/2/24投稿)」
最後に
ここまで、葛西美空のネタ動画をみてきたが、実際に最初から上記に挙げたような仕掛けを葛西美空が最初から考えていたケースは少ないのかもしれない。むしろ、丁寧にシナリオを考えていく過程で、葛西美空によって自然に、もしくは習慣的に構成されていったものである可能性の方が高い。
しかしそれらは、偶然の事ではなく、「葛西美空という才能」たればこその作品であることは、疑いようがないと言える。